聴覚障害・難聴者当事者があかす「真実」

2014年に「ゴーストライター騒動」で話題になった佐村河内守氏のその素顔に迫る。はたして何が本当なのか? 誰が、誰を騙しているのか?映画「FAKE」で明かされる。詳しくは→映画「FAKE」

スキンヘッドじゃなかった!

2014年3月7日、佐村河内守氏による記者会見が行われました。

「アッコにお任せ」でアメリカの透視者が描いたスキンヘッドじゃありませんでした。おしまい。

・・・まじめに書きます。

聴覚障害・難聴者当事者から見た事実がネット上ではあまり見かけません。

本来なら全日本ろうあ連盟、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会関係者が誤解を解くためにも、説明しなければならいのに、ずっと沈黙している状態です。

(補足 2014年3月24日になって、ようやく全日本難聴者・中途失聴者団体連合会から声明が出されました。この手の問題は不完全でも難聴の問題に関しては素早い反論が必要であるにもかかわらず、完全に出遅れてしまいました。内容も犠牲者意識全開だと感じました。ろう協会に至っては沈黙です。)

当事者である私が見た視点で「事実」を書きます。

マスコミは人を裁けるほど偉いのか?

佐村河内守氏の会見は生放送で少し見たけれど、本当にひどい会見でした。最後まで見ていられませんでした。

後で記事を書くために動画を検証してみました。

マスコミはせいぜいスキンヘッドにしているかといったことだけをネタにしておけばよかったのです。

佐村河内守氏は「全聾の作曲家」と嘘をついていたことを謝罪していましたが、マスコミがこのタイミングで暴露したのはおかしいとか、ギャラがどうだったとか、どうでもいいことを言い出すのもどうかしているとしかいいようがありません。

マスコミはそれが聞きたかったのでしょうが。
佐村河内守氏は自分の曲を高く評価した多くの著名人に向けて

「あの曲を障害者の曲として評価したのか、新垣さんの曲だとしても評価するのか」

「難聴で身体障碍者手帳を取得できず苦しむ人たちの存在がいる」

と、問題提起すればよかったでしょう。

そうすれば、皆が考えられる機会にもなったでしょう。

マスコミ関係者がよってたかって、人民裁判よろしく裁き、挙句の果てに会見の本質とは関係ない、佐村河内氏に対する揚げ足取りもありました。

そして、質問者の名前と顔は出さない。これが保身でなくて何なのか。

むろん、1ヶ月以上雲隠れして、会見が遅くなった佐村河内氏は信用を失っていて、何も言えるものではないけれど、それ以上に見苦しかったのがマスコミ。

マスコミは、佐村河内氏にだまされた「被害者」であると同時に「現代のベートーベン」「聴覚障害を克服した」として、持ち上げた「加害者」です。

「カスゴミ」と言われてもいいくらい、アホ丸出しです。

NHKなど、佐村河内氏を取材したことがあるのなら、そのくらいきちんと取材するだろう?と、質問した記者が不勉強であることから、無知さを丸出しにしていると言われてもおかしくないような質問も多くありました。

聴覚障害者当事者である私から見ても、聴覚障害と難聴に関しても、全く理解も区別もできていませんでした。

そんな程度で取材したのか?あなた方は全員筆(あるいはパソコン)を折った方がいいだろう?というほどひどい。

会見でも身体障害者手帳を給付されるレベルではないから聞こえるだろうという誤解がひどすぎました。

愚かな質問の多発

例えば、こんな質問がありました

「私の祖母も耳が悪かったが、彼女はあなたと同じく、耳元で大きな声で話せば聞き取れ、補聴器を付ければ日常生活に支障はなかった。補聴器を試したことはないのか。耳が悪い方が都合がいいのか」

気付いた人もいるでしょうが、傲慢さと無知さをさらけ出していました。

この質問した記者は個人的な体験で自分の祖母もそうだったから、佐村河内守氏も同じだと決めつけて、質問をするのか?ということ。

「聞こえは個人差がある事さえも知らないのですか?」ということです。

新垣氏への作曲用の指示書をめぐり、妻の母が「文字は娘の字」と指摘したため、筆跡確認を求めると応じていましたが、「『後世に残る芸術的価値』『前例のない宗教性』『佐村河内守』と書くよう求める」(産経新聞)とのことでした。これは会見で求めるようなことか?

「バカか」と思ったのは私だけでしょうか?

ワイドショーでは弁護士が身体障害者手帳の不正取得についてあれこれ説明していたけれど、これは佐村河内氏と横浜市の問題であって、第三者がとやかくいうことではありません。

むろん、新垣氏の話が嘘なら、すぐ反論しなかった佐村河内氏にも問題はあるでしょう。

実は新垣氏の話の裏付けさえもロクにとらず、憶測を事実であるかのように書いている話も混ぜて、こういう問題が起きた時だけ、正義を振り回しても聴覚障害や難聴の問題について、全く無関心だったことについてはどう説明するのでしょう。

マスコミ関係者は自分の知識だけで取材していたことは愚かではないの?と聞かれたら、どう答えるのでしょう。

聞こえる場合と聞こえない場合がある

聴力の再検査の診断書によれば「感音性難聴」と記され、聴力は右が48・8dB、左が51・3dBで、語音による検査では、最良語音明瞭度は右が71%、左29%と記されていたとのことです。

このレベルでは身体障害者手帳交付ではありませんが、右耳だけでもわりとわかるようですが、3割も聞き間違いが起こります。

例えるなら、わたしたちが今使っているパソコンのキーボードのキーが使えなくなくなるようなものです。

↓こんな感じです。
キーが使えないキーボード_min

これだけでは話が通じないので、別の方法を用意する必要が出てきます。

だから会見でも手話通訳があったのです。

このことからわかるように、声だけだと聞こえる場合と聞こえない場合があり、そのままでは日常生活でもかなりの支障をきたすレベルの難聴です。

国際基準では聴力40デシベルからが聴覚障害

WHO(世界保健機関)では聴力40デシベルからを聴覚障害としています。

日本では当事者が今回の会見で見られたように誤解とコミュニケーションの問題から、責められることを怖れて言い出せないこと、厚生労働省が国際の基準に合わせるのを渋っている現状があります。

耳が遠くなったお年寄りだけではありません。

国際基準では身体障害なのに、日本では障害者ではないとされて、今回の佐村河内氏の会見でも見られた、「聞こえるだろう」と言われ、不利な立場におかれて、精神的な孤独感にじっと耐える人がこの瞬間も多くいます。

実はこちらの方が重大な問題なのです。

つまり、マスコミは難聴や聴覚障害について国際基準を知らない、知ろうと調べもしない「バカ」「ヘタレ」だということになります。

そして、黙っていたわたし達当事者にもあるでしょう。
その責任は佐村河内守氏と同じくらいあるでしょう。

「向かい合って大声で話せば聞こえる。補聴器をつければ日常生活に支障はない。」

とコメントした、難聴専門を謳う医者がいました。

(唖然・・・)

基礎的なことを知らず、単に西洋医学で、機械で出た数字だけを見て、日常生活での心理的な困難さを見ていないヤブ医者の類です。

そもそも、難聴になったこともない専門家のコメントを求めてどうするのか。

コメントが切り貼りして報道された可能性もありますが、専門医とされる医者でもこの程度の認識しかない事実があるのだと改めて気付きました。(ありがとう!)

そもそも、補聴器をつけたからといって聞こえるようになるわけではなく、聞こえる補聴器をつけても十分にわからないことがあるから、難聴なのです。

難聴で補聴器を使っても複雑な和声が聞き取れないのは本当です。簡単にいえばバイオリンなどの音が聞こえなかったりする。

私の場合、補聴器をつけると、楽器の音が混じったような感じになり、聞こえる人達に聞こえているような音ではなく、高音域が小さく聞こえたり、抜け落ちるなど、「ゆがんだ音」で聞こえます。

サルでもわかる?難聴教室特別編

聞こえる言葉がクエスチョンマークだらけになる

難聴は大まかに伝音性難聴と感音性難聴があります。この2つが混じった混合性難聴もあります。

補聴器
補聴器は元々、声や音を大きくすることが基本であって、人間の聴覚を代替できるものではありません。

伝音性難聴
外耳道が生まれつき小さいなどの物理的な障害なので、大声で話せば聞こえるし、補聴器をつければ日常生活に支障は少ないといわれます。

感音性難聴
聴覚を感じる感覚神経に障害があり、高音域が極端に小さくなったり、抜け落ちたりする、ゆがんだ音しか、聞こえません。

耳元で大声で話してもわからないことが多いし、補聴器をつけてもゆがんだ音がそのまま大きく聞こえるだけで、よく聞こえるようにはなりません。

先のキーが使えないキーボードもそうですが、視覚的に置き換えるとこんな感じになります。

感音性難聴の視覚的イメージ

(元ページ)作者はこんな人

重度難聴であるわたしの場合を事例にしましたが、聞こえる言葉がクエスチョンマークだらけになります。

佐村河内守氏は聴力検査の「国際基準では聴覚障害に該当する難聴」であるとわかりましたが、これは聞こえる言葉の3~7割がクエスチョンマークだらけになると考えて見ましょう。

この状態で「補聴器をつけたら日常生活に支障は少ない」というなら、足が不自由な車椅子の人に「車椅子を使ったら日常生活に支障は少ない」といったらどうなるでしょう。

考えれば、無理があることに気付きます。

50デシベルの難聴を再現する簡単な方法

この聞こえがどの程度か、近い状態をだれでも簡単に確認できる方法があります。

無音室に行く!

・・・は一般的ではないですね。(汗)

「耳鳴りをずっとさせている状態」に近いものとして、両耳でとくに高音域が大きい70デシベル程度の音量で音楽、できたら「交響曲一番」を24時間ずっと鳴らしている状態で3か月生活してみようとするといいでしょう。放送が終わった後のテレビのザーっというノイズ音でも代替できます。

この状態で声がわかる場合とそうでない場合にわかれるのがほとんどです。
 
日常生活で人の話がよく聴きとれないと、どんなに苦労するか。

そして、耳鳴りにどのくらい耐えられるか。
今回、取材したマスコミやあれこれ言う人は全員、そのくらいやってみるべきでした。(笑)

今からでも遅くありません。
ぜひやっていただき、大きく報道していただきたいものです。

2014/3/10追加 「まだ手話通訳が終わってませんよ?」は日本中の難聴・聴覚障害者への偏見を増やすだけだ

 「まだ手話通訳が終わってませんよ?」
 と言って、笑ったフリーライターをはじめ、マスコミ関係者達のいじりかたはあまりにも下品すぎました。

 改めて、ネットで公開されている会見の映像を、注意深く確認しました。

 佐村河内氏の聴力検査が平均50デシベル程度の難聴なら、男性の声が聞こえる音域が30デシベル程度ではないかと考えられます。手話通訳を通さなくても、まだら状態でわかる場合もあります。


(3/13補足) 
 聴力検査グラフが写った画像を探して検証しましたが、聴力は上記で書いた予想より悪いです。聴力は男性の声が聞こえる音域が45~50デシベルで、高音域が60デシベルとあまりよくなく、このくらいだと聞こえるのは間違いなく「とぎれとぎれ」になります。

 また、12年前の診断書も映像ではわからなかったのでネットの画像を見つけて検証しましたが、間違いなく全ろうの状態でした。医師がグルでない限り、偽証の診断書は書けないから、この場合は医師の責任です。


 英語がわかる人でも通訳を使うことがあるのと同じで、手話通訳を使うのは聞き間違いを防ぐためです。佐村河内氏の視線の動きからすれば聞こえている場合もあれば、そうでない場合があり、それほどおかしくありません。

 佐村河内氏が聞こえているとされた、筆跡を見せて欲しいという質問の辺りの動画を見ました。マスコミ関係者の難聴に関する知識の無さがわかります。

佐村河内守 聞こえている瞬間その2
https://www.youtube.com/watch?v=Wt-V6-j8i8U

1メートル至近に近づいた取材者と佐村河内守氏

取材者と佐村河内守氏が1メートル至近に近づいて話をしています。
50デシベルの難聴なら、これだけ近づいて話して話したら、口の形を見たり、声も伝わることもあり、手話通訳なしでも会話は成り立ちます。

佐村河内守 記者会見でキレる

「それに対する謝罪の言葉は?」と投げかけられる直前、手話通訳を見ている。不自然ではない。

「それに対する謝罪の言葉は?」に「どういうことですか?」と聞き返している

まだ手話通訳はおわっていませんよ?と言われる

この発言の前をよく見ると「どういうことですか?」「何を謝れと?」と聞き返していることから、この時点で手話通訳が終わっていなかったとしても、不自然ではありません。

視線の動きから、手話通訳が終わっていない状態のため、佐村河内氏はその前の話がわからず「それに対する謝罪は?」だけが、聞こえていた可能性もあります。

叩いているマスコミ関係者は佐村河内氏の物語への取材や演出は熱心にしていたけれど、聴覚障害や難聴について理解も関心を持たず、裏付けも取材もロクにしていなかったこと、難聴に関する想像力もゼロなのがよくわかる動画です。

「僕と口話してください」と言ったのはフリーライターの神山典士氏ですが、当事者から見れば、国際基準なら聴覚障害者の聴力検査結果を「聞こえている」と決めつけており、ふざけるどころか、愚かとしかいいようがありません。

神山典士氏が取材して書いた本が絶版にされた悔しさは理解できますが、その感情を切り離して、冷静に真実を伝える機会なのに、ただ正義感だけで動く「自分は三流だ、自分が書いた本など価値もない」と言っているのと同じです。

イイ年をこいた大人達が佐村河内氏がごまかしの効かない証拠として聴力検査結果をきちんと出しているのに、把握しようともせず、難癖をつけて「聞こえているはずだ!」「キレた!」とつるし上げる様子は、正義に名前を借りた、ただのいじめでしかありません。

神山氏は佐村河内氏に義手のバイオリニストの少女に対する謝罪を求めていましたが、同時に神山氏を含めたマスコミ関係者はこの会見で日本全国の難聴者への偏見に荷担したわけですから、全員が謝罪してけじめをつけなければ、佐村河内氏を批判したり、責める資格はありません。

まとめ 

「バカがバカを取材して、バカがそれを見て楽しむ」

このゴーストライター事件では本来ならお金をもらってゴーストライターを引き受けていた新垣さんと佐村河内さんのケンカなのだから、裁判をやろうが、第三者はほっておけばいいだけのことです。

この話をあおっている人達に焦点を移すと、

今回、改めてわかったのは日本全国で1000万人いるといわれる難聴・聴覚障害者から「あなた方の目は節穴か?」「羽織ゴロ」と非難されて、つるし上げられてもおかしくないくらい、マスコミは何もわからなかったのか?ということ。

(参考)本当は難聴の人口は多い?

必要な「真実を伝える」仕事さえもできていない。

インタビューで冷静に相手から真実を引き出すためにも必要なコミュニケーション力が全くないということ。佐村河内氏をこきおろしている様子は醜悪そのものです。

マスゴミが知っている事は一般人と同程度、あるいはそれ以下でしかない。

今回の会見のつるし上げは

ひらたくいえば

「バカがバカを取材して、バカがそれを見て楽しむ」

という構造になっていることに気付きませんか?

佐村河内氏を取材して、「裏切られた!」と考えている人たちは難聴や聴覚障害の困難さについてきちんと知ろうとしなかったのでしょうか?

いくらでも機会はありました。

なのに、見て見ぬふりしてきたといえます。

ただ頑張って努力して克服すれば、健常者並あるいはそれ以上になれるという、未だにある「伝説」を盲信している程度の知識しかないことを暴露していると言わざるを得ません。

繰り返しになりますが、佐村河内氏だけを叩いて煽ろうとするマスコミ関係者はこれまで「聴覚障害を克服した」「現代のベートーベン」と絶賛して書いていた事実に対して、どう責任とるのでしょうか?

公平にするなら、作曲家の三枝成彰さんや作家の五木寛之さん、音楽評論家の野本由紀夫氏らはマスコミを通して佐村河内守氏を絶賛していたわけですから、マスコミ関係者全員が佐村河内守氏と同じように会見を求めて、同じように「嘘」をつるし上げて叩くのがスジということになりますが、保身をはかり、やらないでしょう。

本来なら全員が自分の未熟さを恥じて、筆を折ったり、カメラを壊したり、タクトを折るくらいのけじめをつけるくらいの厳しい責任の取り方が求められます。

ゴーストライターとして報酬を得ていた新垣氏はむろん、レコード会社、イベント会社、指揮者、演奏者、CD録音技術者ら関係者も佐村河内氏作曲のおかげで収益を得ていた以上、被害者などといえるはずがありません。

とくにマスコミ関係者は佐村河内守氏と話し合って、全員が顔と名前をさらけ出して、読者や視聴者に向かって一斉に、共に詫びなければスジが通らない立場です。

それだけではありません。

マスコミは視聴率ほしさに感動的な話を演出しておきながら、都合が悪くなったら、自分に追求が及ばないように、記事では質問者の名前を隠して、正義ぶって揚げ足取りをしている。

「自分達も被害者」として、保身に走るようではスジが通らない。

本来なら難聴や聴覚障害についてもきちんと知り、伝えるべきなのになぜ騙されたのか、過剰な演出を求めたのではないか?

そこを検証しなければならない。

そして、私達視聴者にも「感動を安直に求めた」責任があります。

何も考えない感動だけで、難聴・聴覚障害の問題があることさえも知ろうとしなかったのではないか?

そんな人達が書いた話をお金を出して、知る権利と称して、何も考えずせっせと読んで「知りたい欲」を見たそうとする私達も、マスコミからは視聴率を得るための「エサ」を与えられて、

「ただ求めるだけで、何も考えてない一般大衆」

とせっせとバカにされているわけで、アホらしいし、どうかしているともいえるでしょう。

その意味で私達全員に「責任」があるといえるでしょう。

今回の事件はそのことに気付かせてくれたと感謝しています。ありがとうございました。

あなた様の周囲の人にこの大切な話を教えてあげてください!

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
佐村河内守氏が嘘をついた件については、けじめをつける必要はありますが、国際基準では聴力40デシベル以上が聴覚障害の定義であるにもかかわらず、会見でマスコミ関係者達が揚げ足をとったことは難聴に対する誤解と偏見を助長するものでしかありません。

この話を扱った週刊誌を見ても「やっぱり聞こえていた!」などと煽り、難聴に対する誤解と煽りがひどすぎます。

今は耳が聞こえる人でも、病気や交通事故、老化などで耳が遠くならないとは限りません。しかし、難聴についてはわかるよう説明することが難しいこともあり、医者や専門家が誤った説明をしている例があります。

この誤った報道をそのまま放置すれば、多くの難聴を持っている人達が偏見に苦しめられ、沈黙したり、あるいは過去の私のようにただ健聴者並になることを求められて、ポッキリと心が折れてしまったり、社会から孤立してしまうことになりかねません。

それだけでなく、歴史を見ても、和を大切にしてきた我が国の社会で、国民同士の不信感を芽生えさせて、人の過ちを赦さず、ただ責め立てるギスギスした社会になることに荷担しかねません。

難聴に対する無知と誤解からくる煮え湯を飲んだ一人として、わたしたちが「マスコミの一方的な報道に煽られる愚か者」になってしまわないよう、難聴について正しく知る手がかりとなるよう、事実を書きました。

事実を一人でも多くの人に知っていただきたいので、どうかご協力お願いいたします。
2014年3月13日 前川修寛拝

転載について

マスコミがけっして伝えない佐村河内守氏会見の盲点
http://nancho.mimiral.com/fwd3/2014itiban

なお、転載は歓迎です!ただ、内容を修正する可能性がありますので、転載は前記の短縮アドレスと併用でお願いいたします。

Tag: 佐村河内守 全聾の作曲家 会見 聴覚障害 難聴

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