佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(4)

 佐村河内守ゴーストライター事件についてマスコミが報じていない重大な本質について書きました。佐村河内守ゴーストライター事件の報道については「全聾の作曲家 佐村河内守」をご覧ください。

 テレビやマスコミの言う事が正しい、難聴・聴覚障害なんか関心ないよ、と思っている方には不快な表現があるので、この先はけっして読まないでください。

【前回】佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(3)

自己否定が重なっていくと?

 お読みいただき、ありがとうございます。
 前回、佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(3)の最後で

 ただ、当事者がなかなかできない理由もあるのです。
 それはなんでしょう?

 と書きました。

 理由の1つにメンタル的な問題として、自己否定の問題があります。

 今回の騒動では佐村河内守氏のゴーストライターであった新垣隆氏が「嘘
」にひっぱられる形でしたが、「嘘」を重ねることができたのはなぜだと思いませんか?

 私たちの感情は自分がどういう行動をとるかのスイッチをオンにします。
 誰もが見栄や外面で自分をよく見せようとする感情がありますが、普通は理性がブレーキをかける役割を果たしています。

 ところが、悲しみのあまり、思わぬ行動をとってしまったといった話があるように、感情の力が強くなると、理性が引きずられてしまう形になります。それは周囲の人、とくに気の弱い人を巻き込む場合があります。

 佐村河内守氏は感情の起伏が激しく、気分屋な面も大きかったから、周囲の人を引っ張ることができたともいえます。

 自己肯定ができていたら、嘘はつけるものではありません。
 しかし、自己否定していると、自分の自己肯定感など心のより所を自分の外側に求めるようになります。

 理想のお手本となる人、あるいは想像上の人物も含め、絶賛されるようなモデルを外に探すようになります。自分も頑張ればあのようになれると、自己肯定できているかのような錯覚を感じます。
 しかし、根本的な解消ではないので、すぐに別の自己否定感で消されてしまいます。そのため、自分の外側に求めようとします。

 佐村河内守氏が嘘を重ねていったのはここからでしょう。
 しかし、嘘をつくほど、自己否定と感情の起伏が大きくなります。

 こうした感情の起伏が繰り返され、気分も不安定なことから、自分だけでなく、周りの人も疲れてしまいます。当人が自分を攻撃して、さらに他人も攻撃していることも珍しくありません。

 誰もがいい人になりたいし、責められるのはいやなのです。

 そもそも、自己否定している人を他人はどうやったら応援できるのでしょう?

 自分を自分で否定しているのですから、他人は引きずられるか、応援したくてもできない状態になります。

 かといって、口先で自己肯定する!といっても、解決できないのも現実です。

 わたしたちはどうしたらいいのでしょう?

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自己肯定感を回復する

 アメリカのミネソタ州南部のオーフィールド研究所の実験で人間は完全な無音状態に置かれると、多くの人が孤独感が強くなり、45分以上は精神的に耐えられないという発表があります。

 人間は孤独感が強くなると、マイナス思考に陥り、自己肯定が弱まります。こうなると聞こえる人とのコミュケーション不全も悪循環にはまります。

 口先で「自己肯定する!」といっても、容易でないのはこうした精神的な構造から来るものです。自力で本を読んだり、頑張るだけでは必ず限界の壁に当たります。

 孤独感と自己否定は精神科ではまず、治せません。
 薬だと多剤投与などの薬漬けになり、悪化する可能性が高い。
 カウンセリングやコーチングでは言語、人によって結果が異なるので、対処が難しい場合があるのも事実です。

 といっても、今の私たちは東京まで3時間で移動できるように飛行機や新幹線などの手段を使えます。

 これと同じです。

 できる人に支援してもらうのです。それも言語を使わない方法を強力に使える人にです。

 手前味噌になりますが、私自身が30年以上、両耳が聞こえないことから来る自己否定を経験してきました。そこから起こる問題をたっぷり経験して、前に進もうともがきました。このサイトで記述していることはその経験の一部です。

 本を読んで解決しようとした人も多いのではないでしょうか?
 本を読んでわかったような、にわか我流では、例外なく行き詰まったり、失敗します。私の経験ですが、6年もかけて失敗したのです。

 身銭を切って言語を使わない方法を使うことを学び、自己肯定回復してきました。当事者団体の役員を勤めていた時、提案したことがありますが、今後は提案することはないでしょう。

 現在は聴覚障害・難聴の有無に関係なく、「自己肯定回復の専門家」として、個人セッションを行っています。要望があれば、別コースでコミュニケーション技法も教えています。

 私の所に相談にお見えになる、孤独感から来る強烈なストレスや葛藤に悩む方は例外なく、自己否定の塊になっていました。

 表面上は明るく振る舞うけれど、かっての私と同じように、頑張って努力して、心身共に疲れてガチガチになり、自分で自分を責めて、足が動かなくなったり、ほっておけば自殺しかねない方もいました。

 これを言語を使わない手段で、心身を緩和していくのですが、自殺しかねない雰囲気の方でも変わってきます。

 ある方は私のセッションを重ねた結果、自己肯定できるようになり、心も明るくなり、コミュにケーションで私のコーチを受けた結果、望みの職場に就けたそうです。感謝の言葉を聞く都度、本当によかったと思うのです。

 話を戻しましょう。

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この事件ははたして偶然なのか?

 この佐村河内守氏のゴーストライター事件の一連の騒動の前にも筆談ホステスやタレントの耳の聞こえない子供のドキュメンタリーなど、感動的な物語が出た後、例外なく当人を巡るトラブルや騒動が持ち上がっています。

 はたして偶然でしょうか?
 今一度、考えてみましょう。

 この世での出来事に偶然はありません。
 わたしたちの社会が方向を誤った自己責任や過度な頑張りと努力を重んじる風潮に加えて、「無責任」「無関心」が佐村河内守ゴーストライター事件を生み出した原因だと気付きます。

 こうした問題に対して、正義感を気取って、当事者や福祉制度や障害認定制度のあり方など、他者や社会の制度の批判に終始するだけなら、また別の感動的な物語が出てきて、だまされることになります。

 また、当事者を応援しようとしても、地雷や腫れ物に触るような対応を招くことになります。

 ネット上の誰かもわからない、顔の見えない情報だけを鵜呑みにして、人や地域の人達に関わりを持たない、無関心でいれば、聞こえる人が病気や事故で聞こえなくなったとき、自己否定など感情の問題や孤独感、生活で苦しむ可能性が高くなります。

 誰も幸せになれないと思いませんか?

 何かあれば、

 「政府が悪いから」
 「行政が悪いから」
 「制度が悪いから」
 「社会に問題があるから」

 と批判ばかりする、「からっぽ」を選択するなら、これからも身体障害が努力と訓練さえすれば克服できるかのような物語、過度にを持ち上げる「からっぽの感動物語」が出てくるでしょう。

 私達がテレビやマスコミでもてはやされる話ばかりを好み、住んでいる地域や他人に対して無関心なままであれば、周りに合わせていればよいと考えて入れば、どこかで自分の頭で考えなくなります。

 そうなれば、テレビやマスコミを通した「権威」の意見は正しい、として流されるのは必然です。

 まさに「愚者」です。

 当事者は自力で頑張ったり、理想の障害者になろうとするのではなく、最優先として、自己肯定できるようになること、人間関係を築くためのコミュニケーション力をつけるために、身銭を惜しまない努力と工夫が求められています。

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終わりに 全ての出来事はつながっている

これから私たちがとる道

 わたしは「物事を改善できるなら、自分の考え方と行動をどう変える必要があるだろうか?」と考えています。

 これからの道は2つあります。
 1つは「誰かのせいにする道」で、もう1つの道として、「自分の責任で考える道」があります。

 全ての出来事はつながっています。

誰かのせいにする道

 「誰かのせいにする道」私達は何も考えず、テレビやマスコミを通して流れる、身体障害は努力と訓練さえすれば克服できるかのような感動的な物語などを、「権威」と称する他人の意見に「洗脳」されて、行動を左右、支配されるだけです。

 納豆ダイエット捏造事件など一連の事件も同じだと気づきます。

 「聞こえないのにこんなに努力して頑張って克服している」物語として、何かあれば、政府が悪いから、行政が悪いから、制度が悪いから、社会に問題があるから、と感情に任せる反応を選択しつづける繰り返すことは、歴史ある日本人のとる行動ではありません。

自分の責任で考える道

 「自分の責任で考える道」はまず、自分自身をよく知る事、そして足元の地域や人に関心をもつことから先に始まります。

 テレビやマスコミに出てくる「話」はあくまでも自分が考えるためのとっかかりでしかないことに気づきます。

 ただ周りに合わせていればよいとするのではなく、これを修正したらもっとよくなるのではないか?と、

 1人1人がそれぞれ主体性を持って自分の頭で考えていきます。

 今、自分はこの場所で何ができるか、何をしたらいい結果になるだろうか?と考えて、行動、話をすり合わせて、工夫と改善を重ねて、発展と成長が生まれます。

 そこにあるのは机上の理念や理屈ではありません。経験から学んだ知惠があります。

 日本人はそうやって経験を知惠にする歴史を紡いできました。
 古くさいどころか最先端といってもいいものです。

 どちらが社会が発展して進歩するか。

 わたしたち日本人にとってプラスになる方向を選びたいと思いませんか?

 わたしも自分の聴覚障害から逃げるのではなく、しっかり向き合って、プラスの経験にしていくための、試行錯誤は続いています。

 ここまで呼んでくださったあなたに本当に感謝しています。
 あなたは間違いなく階段を一段上がりました。セッションあるいは何かの機会にあなたとお会いできると信じています。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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【記事一覧】

佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(1)
佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(2)
佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(3)
佐村河内守ゴーストライター事件の隠された本質(4)

【参考記事】

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伝える事の大切さとは?
難聴と聴覚障害の違いのウソ
よく「聞こえない世界」とは?
自分の聞こえを知ってる?
本当は難聴の人口は多い?

佐村河内守 全聾の作曲家 ゴーストライター

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