映画「FAKE」で語られなかったある事実

FAKEディレクターズカット版

「全聾の作曲家」は確かに「全聾」ではなかった、
リアルで見た、彼が「きこえてない」理由、

人間はきこえなくなるとどうなるか、
彼はなぜ「過度に自分をよく見せた」のか、

耳鼻科医ですら難聴をよく説明できないのはなぜか、
「補聴器をつけたら聞こえるようになる」話のホント、
聴力デシベル単位の本当の質量とは、

難聴・聴覚障害者にはどうきこえているか、
「耳が聞こえた事はない」の正体、

報道されなかった重大な国の公式な声明があった、
誰も聴力検査がどういうものかわかっていなかった、

印象で書き、「権威」で利用していないか、
なぜ彼は「全聾の作曲家」の事実を言出せなかったのか

視力が回復した事例から考える、
「難聴のフリ」「詐病」の話の事実、

本当の難聴の程度を知らないわたし達、
難聴・聴覚障害は単に音声が聞こえないだけではない、

補聴器をつけてもわからない理由、
聞こえなくなると発音が困難になる話の事実、
ことばの重みに気づいていない「馬鹿という<真実>」、

「楽聖」ベートーベンは佐村河内守より聞こえていたのか?

見落とされてきた聞こえと精神の重要な関係、

「三重苦の聖女」ヘレン・ケラーの話も「演出」があった、
難聴や聴覚障害をふくむ身体障害があるのはなぜか、

認識のずれが生む悲劇の結果、
感情が他人に○○する現実、

報道で全てがわかるのか、
報道は嘘をつかないのか、

自分の思考を報道される話に占領させていないか、
報道や言葉、コミュニケーションの本質とは、

そして

あなたはこの物語の背景にある秘密
いや、盲点「壮大なるネタバレ」に気づいただろうか?

映画「FAKE」で語られなかったある事実

映画「FAKE」DVDディレクターズカット版

【注意「映画『FAKE』で語られなかったある事実」をダウンロードする前に】
もし、あなたが映画「FAKE」DVDディレクターズカット版を持っていなければ、すぐ購入して、いつでも見られるようにする事をお勧めします。この傑作ドキュメンタリー映画は一度見ただけではわかりません。何度も見て初めて気づきます。わたしも原稿を書いている時にDVDを何度も見て、一度見ただけでは気づかなかったシーンや話のつながりなど、多くの気づきと深い発見がありました。

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映画「FAKE」で語られなかったある事実 電子書籍
映画「FAKE」で語られなかったある事実(PDF 3.4MB)

【注意】

PDFファイルに直にリンクを貼らないでください。
PDFファイルを保存して印刷する事をお勧めします。
画面上で見るより、紙で見た方がより目も疲れず、主体性を持って考えられるので、紙に印刷して読む事をお勧めします。
文章を引用する場合は後日、表現の揺れや誤字などに気づき修正する場合もありますので、URLも必ず一緒に掲載してください。
閲覧で混雑している場合がありますので、ダウンロードできない場合はしばらくしてから再度アクセスしてみてください。

【注意】短縮アドレスは以下をご使用ください。
https://goo.gl/dKDEA3

2016/09/01
Ver1.0 先行版公開(短期間限定)
2017/07/15
再設置テスト・確認
2017/07/23
Ver1.777 正式版公開
2017/08/18
謝辞の人名の誤字を修正しました
2017/11/11
一部環境における書体崩れなどの問題を修正しました

「太った、ただの聴覚障害者」が語る事実とは

「映画『FAKE』で語られなかったある事実」をお読みいただきありがとうございます。

2014年に「ゴーストライター騒動」で日本中の注目を集めた佐村河内守を捉えたドキュメンタリー映画「FAKE」が2016年6月に公開されてから約1年。

ドキュメンタリー映画としても異例の大ヒットロングラン上映となり、日本中で多くの反響を呼びました。

「太った、ただの聴覚障害者」(笑)と言われた、わたしが出たシーンは予想以上の反響があり、驚きました。まず、あなたがこれを見てくださっている事に感謝します。

映画を観てくださったあなたもふくめ、多くの事実を知ろうとしている方々のご意見を読ませていただきました。そういう見方もあるのかと勉強になりました。
ありがたいことです。

また、この映画に聴覚障害者のわたしが話している事で、自分の思い込みに気づいたという人も多くいました。

今回、一部の人達の明らかな印象報道と事実の切り貼り報道に踊らされてしまった、わたしたちの自分自身の善意をこれから悪用されないために、どうしたらいいか、建設的に考える事だと思います。

そのために「映画『FAKE』で語られなかったある事実」を書きました。

客観的に見られるように検証した上で、新しい表現や書き方など、仰々しく取り上げるのではなく、わたしたちが静かに考えられる状態で、そっと出すのがよいと考えました。

初めから結論ありきではなく、「なぜそうなったのか」をあなたと一緒に考えて行く形をとっています。

週刊誌の記事にありがちな読み捨てにするための話ではなく、みんなで読んで、考えるために書きました。

難聴・聴覚障害を知る事はコミュニケーションを知る事

これまで出された多くの同じ難聴・聴覚障害を取り上げた本の話は主観的に書かれたものが多く、わかりにくい、普遍性がないものばかりでした。

当事者団体が講座などで説明する話も失礼ながら、同じようなものが多くあります。耳の解剖図など出されてわかったようでわからない。

難聴・聴覚障害者の中には話の内容がわからない事を指摘すると自分達が否定されたように怒り出す人達がいるんですね。それを指摘するのは気がひけるからと、黙っている人もいます。

そのため、一方的な話やわかったようでわからない話が一人歩きしていました。

今回、普遍性とわかりやすさを大切にして書きました。
ここまで書いたのは日本でも初めての例です。

わたし達が難聴・聴覚障害を知る事はコミュニケーションを知る事につながります。そして、内なる自分自身を知るためにも重要な鍵です。

映画「FAKE」の映像中でも佐村河内守氏が、森達也監督の質問に対して、難聴についてよく説明できていない事で気づくと思いますが、十分に説明できない話があります。

例えば、耳栓をしても難聴の体験ができない理由などです。
さらに聴覚と精神、感情の関係などまだ未知のこともあります。

実際、こういう状態があることを話そうとすると、どうしても主観的に話をすることが多く、当事者にしかわからない説明になる場合もあります。

親や子といえども「想像する」しかわからないため、親子でも認識のずれが起こっている場合もめずらしくありません。

それが人間関係の強いストレスの原因になっている場合もめずらしくありません。

わたしが自身で体験してきた事、研究してきた事、強い緊張感を緩和するためのヒーリングセッションで対応してきた事例を元に客観的に書きました。

きこえる人でも近い所まで想像できるよう、表現を選んで書きました。
さらに難聴・聴覚障害の歪んだ聞こえやコミュニケーションがわたしたちの精神や行動に及ぼす影響などにも触れています。

また、きこえる人の立場でもわかるように書かれており、きこえる人が難聴は耳栓をしても体感できない理由、きこえる人であっても状況によっては同じ状態になることなど、わかりやすく書かれています。

もし、あなたが難聴や聴覚障害、教育について調べたり、学ぼうとしているのであれば、この話に書かれている内容は広く役にたちます。

同時に学習障害も含む発達障害やコミュニケーション障害、痴呆症など他の障害においても重なる部分もあることに気づくでしょう。そして、誰もが無関係ではないことに気づきます。

また、報道メディアの煽る偏向報道あるいは過熱報道と、それに対する視聴者の反応を俯瞰して見ると、難聴・聴覚障害当事者のきこえと精神との関係と似ている面もある事に気づくでしょう。

こうした相似性のある話が多いことなど、何度も繰り返し読んで、考えていくと、「当たり前」の思い込みの枠が外れて行き、自分自身の考え方が深く掘り下げられていく事に気づくでしょう。

視点や解釈は無数にあります

わたし達が「事実」をどのように見ていくか、あらためて劇場公開時の森達也監督の言葉を引用しましょう。

映画で大切なことは普遍性。単なるゴーストライター騒動をテーマにしているつもりはもちろんない。

誰が彼を造形したのか。
誰が嘘をついているのか。
自分は嘘をついたことはないのか。
真実とは何か。
虚偽とは何か。
この二つは明確に二分できるのか。
メディアは何を伝えるべきなのか。
何を知るべきなのか。
そもそも森達也は信じられるのか。

…視点や解釈は無数にある。
一つではない。もちろん僕の視点と解釈は存在するけれど、最終的には観たあなたのもの。

自由でよい。でもひとつだけ思ってほしい。様々な解釈と視点があるからこそ、この世界は自由で豊かで素晴らしいのだと。

森達也監督が言うように視点や解釈は無数にあります。

わたしの視点と解釈は存在しますが、ここで書いた話は多くの一部を書いたにすぎません。でも、その一部を通して全体を見ることができます。

ただし、歪んだレンズを通して全てを見通すことは不可能です。
その一部が事実である事が条件です。

わたしもそのような経験を多くしてきましたが、話が事実でなければ、例外なく後から話の辻妻が合わなくなります。

そして、わたしより聞こえている人が、なぜ事実でないことがわからないのだろうか?と不思議に思う事が何度もあります。

わたし独自の感性もありますが、簡単に書くと「なぜそうなるのか」「これは自分はこう考える」といった事を意図して認識していくことで、事実でない話に踊らされる可能性は下がるでしょう。

以上のように、映画『FAKE』を劇場で見た、DVDディレクターズカット版を見て、「映画『FAKE』で語られなかったある事実」を読む事で客観的に見ること、別の視点で見ることで気づく事も多く出てくるでしょう。

読んでくださったあなたが他人の言葉受け売りから抜け出して、自分自身の言葉、適切に言葉を選ぶようにして、自ら行動を起こすようになれば、うれしいです。

ありがとうございます。

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